高齢者の嚥下障害とは。原因・危険性・対処法まで詳しく解説
作成日:2022年8月29日
「嚥下」とは口の中の食物を飲み込んで、胃に運ぶ一連の動作のことです。
日ごろ意識はしませんが、「食べる」ためには体の多くの器官や筋肉、神経などが複雑に連携して働いており、加齢による筋力の低下や身体機能の低下によって、飲み込みにくくなったり、むせたりすることがあります。また疾患による後遺症などでも嚥下障害が生じることがあります。
高齢になっても安全に食事を楽しむために、嚥下障害について知っておきましょう。
目次
『嚥下障害』とは?
嚥下障害とは、食物を口に入れて噛み砕き、飲み込んだ食物が食道を通って胃の中に到達するまでの過程のどこかに障害があり、「飲み込みにくい」「のどにつかえる」「むせる」などの症状によって、食べることに苦痛や困難が生じることを指します。
「摂食嚥下障害」と呼ばれることもあります。嚥下障害によって誤嚥(ごえん)や窒息のリスクが高まり、誤嚥性肺炎を引き起こす可能性もあります。
『嚥下障害』の原因
嚥下障害は先天的な問題や障害によって生じることもありますが、高齢者の嚥下障害のほとんどは後天的な問題であり、食べるために必要な器官に構造的な問題が起こったり、他の疾患に合併する形で引き起こされます。
嚥下障害の原因は必ずしもひとつとは限らず、複数の原因によることも多く、主原因がはっきりとわからないこともあります。
器質的原因
口腔から食道にかけての食物の通り道に生じる何らかの構造的な問題が原因となって、嚥下障害を引き起こすことがあります。
具体的には舌炎や口内炎、歯周病、咽頭炎や頭頚部周辺の腫瘍(舌癌や咽頭癌など)および腫瘍の切除後、また食道炎や食道の変形や狭窄、腫瘍、食道裂孔ヘルニアなどが原因となることがあります。
さらに高齢者の場合には、歯の欠損や入れ歯の不具合などによってかみ合わせが変わったり、奥歯でしっかりと噛みしめることができないことなども嚥下障害の原因となることがあります。
機能的原因
神経や筋肉の異常によって、食物の通り道の動きに何らかの問題が生じていることで嚥下障害を引き起こすことがあります。
具体的には脳血管疾患や脳腫瘍、ALS、パーキンソン病などの神経筋疾患、糖尿病性末梢神経炎、加齢による筋力低下などがあります。
特に脳血管疾患の急性期で生じた嚥下障害では、治療やリハビリテーションによってある程度改善することもありますが、改善されないこともあります。
心理的原因
神経症やうつ病、心身症、過度なストレスなどによって嚥下障害と同じような症状が生じることがあります。
心理的な要因が関与した嚥下障害では、のどの異物感などを訴えてはいても実際の嚥下機能には問題がないことが特徴であり、咽喉頭異常感症とも呼ばれます。
精神科系の薬の中には神経系に作用するものも多いため、薬の副作用のひとつとして嚥下障害が生じることもあります。
『嚥下障害』の症状
嚥下障害の症状のあらわれ方は、その方の摂食嚥下機能の状態によってさまざまです。
初期の症状は、誰にでも起こるような症状であることも多く、気づかずに見過ごされてしまうことは少なくありません。
嚥下障害に早期に気づいて適切に対策をすることで、誤嚥性肺炎など重篤な疾患を予防することができます。
食事中にむせる
人ののどの構造は、飲み込んだ食物が通る食道と呼吸のための気管が隣り合っています。
飲み込んだ食物が誤って気管に入り込みそうになったとき、勢いよく空気を吐き出すことで食物を気管から排出しようとします。
この勢いよく空気を吐き出す行為が「むせ」であり、気管から肺に食物が入りこまないよう体を守るために必要な反応です。
摂食嚥下機能の状態によって、飲み物がむせやすいケースや、口の中でパラパラと細かくまとまりにくい食品、液体の中に細かい食品が混ざっているものなど、むせやすい食品も異なります。
食べ物が飲み込めない
食べ物が飲み込みにくくなる原因がには多くの可能性が考えられます。
歯の欠損や唾液の減少によって食べ物を飲み込みやすい状態にすること(食塊形成)がうまくできなくなったり、食べるために必要な筋力の低下や疾患の後遺症、薬の副作用などによって飲み込みにくくなることもあります。
また過度なストレスなど心因性の原因により、嚥下機能に問題が無くてものどにつかえる、飲み込みにくいと訴える方もいます。
よだれが出る
唾液は1日に1~1.5ℓも分泌されているといわれます。分泌された唾液は無意識に飲み込んでおり、通常は口の中から流れ出るほど溜まることはありません。
ホルモンバランスの変化などによって実際に唾液の分泌量が増加することもありますが、唾液の量が増えたと感じたりよだれが出るようになるのは、疾患や加齢によって口腔機能や嚥下機能が低下し、唾液を飲み込むことができずに口腔内に溜まるためと考えられます。
食べ物が口からこぼれる
口唇をしっかりと閉じることができないと、食べ物を噛んでいる途中や飲み物を飲むときなどにこぼれてしまうことがあります。
口唇を閉じるときは、口唇の周囲を囲むように存在する口輪筋という筋肉の働きが重要ですが、加齢による筋力の低下や麻痺などがある場合には口唇をしっかりと閉鎖することができないために、すき間から食べ物がこぼれてしまいます。
歯科の治療で麻酔をしたときに、麻酔が効いている間はしっかりと口を閉じることができず、うがいがうまくできなかったり、飲み物がこぼれてしまってうまく飲めないといったことがありますが、それに似た状態といえます。
食事の後で声がかれる
食後に声がかれてガラガラする状態を「食後嗄声(しょくごさせい)」といいます。
食事の後のどの奥に食べ物が残っていたり、溜まってしまう(咽頭残留)ことによって起こり、痰が絡んだようなガラガラした声になったり、鼻に抜けるような声やかすれた声になることもあります。
その状態のままでいると、呼吸とともに咽頭に残っている残留物が気管へ流れ込み誤嚥につながる可能性があるため、意識的に咳払いをしたり、口の中に何もない状態で空嚥下をすることで、咽頭残留を解消できることがあります。
また食事中から、ひと口に対して複数回の嚥下をしながら食事をすることで予防できることがあります。
『誤嚥性肺炎』とは?
誤嚥性肺炎とは誤嚥によって引き起こされる肺炎のことです。
誤嚥とは、本来食道を通って胃に入るべき飲食物や唾液が気管から肺に入り込んでしまうことであり、誤嚥によって肺に炎症が起きるのが誤嚥性肺炎です。
嚥下障害があることで誤嚥のリスクは高まり、高齢者のかかる肺炎のうち、7割以上が誤嚥性肺炎ともいわれています。
さらに80歳代の肺炎患者の約8割、90歳以上になると9.5割以上が誤嚥性肺炎であるといったデータも報告されており、高齢になるほど死亡率も高くなっています。
誤嚥性肺炎の症状
原因が誤嚥以外の肺炎と同様に、典型的な症状は発熱や咳、痰、呼吸困難などですが、高齢者の場合はこれらの症状が顕著に表れないことも多いため注意が必要です。
なんとなく元気がない、食事に時間がかかるようになった、食事をすると疲れるなど、一見深刻な状態とは思えなくても肺炎が進行している可能性があるので、いつもと様子が違うと感じたときには早めに医療機関を受診しましょう。
誤嚥したときの対処方法
誤嚥したときの最もわかりやすい症状は「むせ込み」です。強くむせ込んでいるときは、気管に入り込みそうになった物を吐き出そうとしているため、上体をやや前傾気味にして咳を続けましょう。
近くにいる人は様子を見守りながら、咳を続けるように声をかけます。
むせている最中は背中を叩いたりせず、ご本人のタイミングで咳き込んでもらうようにします。
むせ込みが落ち着いたら顔色や呼吸を確認します。顔色や呼吸音に異常がなく、いつもと同じような声で返答があれば、誤嚥による窒息は回避できたと考えられます。
強くむせ込むことができず苦しそうにしていたり、顔色や口唇色が青黒くなっているような場合は窒息の可能性があるので周囲に呼び掛けて協力者を要請し、119番に通報しましょう。
救急車が到着するまでの間に、上体を前傾にして左右の肩甲骨の間を手のつけ根あたりでやや強めに数回叩き、のどに詰まったものが出てくるかどうか確認します。
『嚥下障害』の予防
摂食嚥下機能は個人差もありますが、50歳前後から低下し始めるといわれます。
急いで食べたときなどに食べ物がのどにつかえたりむせることは、年齢にかかわらず起こる可能性があり、若いうちは強くむせることで誤嚥を回避することができます。
年齢を重ねていくと、徐々にむせる力も弱くなっていくため誤嚥のリスクは高まり、誤嚥性肺炎を引き起こしたり、窒息といった命にかかわる事態を引き起こしかねません。
家庭でできる簡単な予防方法もあるので、嚥下障害は自分には関係ないと思わずに、早期から始めてみましょう。
お口の体操を行う
食事を始める前にお口の体操をすることで、食べるために必要な筋肉を鍛えたり、柔軟性を高めたりすることができます。
また唾液線のマッサージをすることで他液の分泌を促進することができます。
首のストレッチ
首の筋肉が凝り固まっていたり、拘縮や麻痺があることで食べ物を飲み込みにくくなることがあります。
首をゆっくりと前後左右に傾けてストレッチしたあと、大きく回しましょう。回数はそれぞれ5回を目安に、体力や身体機能に応じて無理のない範囲で行いましょう。
頬の体操
口の中に空気を溜めて頬を大きく膨らませ、次に頬を吸いつけます。10回を目安に、体力や身体機能に応じて無理のない範囲で行いましょう。
舌の体操
舌は食べ物を噛むためにも、飲み込むためにも重要な器官です。
舌はそのほとんどが筋肉でできており、前後、左右、上下に加えて旋回運動ができることで正常な摂食嚥下機能が維持できます。
まず口を大きく開けて舌をできるだけ出した後、舌の先を鼻につけるように上に向けます。
次に舌を左右に向けます。どの方向も、舌先をできるだけ遠くに向けるように動かすのがポイントです。
10回を目安に、体力や身体機能に応じて無理のない範囲で行いましょう。
パタカラ体操
「パ、タ、カ、ラ」の発音は、それぞれ食べるために必要な舌や口唇の筋肉を動かします。
大きな声で「パ、タ、カ、ラ」を発生することで舌や口唇の筋肉や表情筋を鍛え、さらに腹圧を高めることでむせる力を強める効果が期待できます。
1音1音、口を大きく動かし、お腹の底から声を出すイメージで発音しましょう。
5回を目安に、体力や身体機能に応じて無理のない範囲で行いましょう。
唾液腺マッサージ
口腔内には3つの唾液腺がありますが、ここでは耳下腺と顎下腺を刺激して唾液の分泌を促します。
まず耳の前に指3本をあてて円を描くようにマッサージします。
次に親指を耳の下のあごの骨にあて、下方から上に押し上げるように軽く圧迫します。
少しずつ位置をあごの方にずらしながら押していくと、口腔内にじんわりと唾液が出てくるのが実感できます。
指の腹を使って軽く圧迫し、強く押し過ぎないように注意しましょう。
口腔ケアを意識する
適切な口腔ケアは虫歯や歯周病を予防するために重要なだけではなく、口腔内の細菌を取り除き、衛生的に保つことに役立ちます。
ブクブクうがいは口腔内の食物残渣(しょくもつざんさ)を洗い流し、頬の筋力を維持する運動としても役立ちます。
さらに歯ブラシなどで口腔内を刺激することで唾液の分泌を促進するなど、嚥下障害の予防と誤嚥性肺炎のリスクを低減する効果が期待できます。
食事の内容に注意する
食事の内容や形状を調整することで嚥下障害による誤嚥のリスクを低減することができます。
嚥下障害の原因や状態によっても異なりますが、一般的にはかたくてパラパラと口の中でまとまりにくいものや、パサパサしたもの、薄くて口の中に張り付くもの、ベタベタしたもの、液体などが食べにくいとされています。
摂食嚥下機能に応じて食べやすい大きさに切ったり、隠し包丁(わかりにくく切り込みをいれる)をいれる、つぶす、水分や油分を加える、とろみをつける、ゼリーにするなどの工夫で、安全に食事を摂ることができるようになります。
食事の際の環境や姿勢に注意する
食事を食べる場所は、明るさや室温、騒音などに配慮し、落ち着いて食事に集中できる環境を作りましょう。
食事の間は安定した座位が保てるように工夫し、食事の内容がよく見えて食べやすいように、イスやテーブルの高さや座布団やクッションなどを調節します。
基本的な食事姿勢は無理のない範囲で上体をしっかりと起こし、あごを軽く引いた姿勢が誤嚥しにくいと考えられています。
食べ方に気をつける
慌てず、ゆっくりと食べましょう。テレビを見ながら、新聞をみながらなどの「ながら食べ」はやめて食事に集中しましょう。
食べやすいひと口の量には個人差がありますが、口の中いっぱいにほおばったり、かき込んで食べるのではなく、ひと口ずつをよく噛むように意識し、口の中の食物を飲み込んでから次のひと口を入れるようにします。
形状の異なるものを交互に食べたり、食べ物の間に汁物や飲み物を挟みながら食事を進めましょう。
『嚥下障害』の治療法
嚥下障害の治療は、その原因や程度によっても異なりますが、リハビリと手術に大きく分けられます。
重度の嚥下障害によって経口で十分な栄養摂取ができない場合は、経鼻、経腸栄養や中心静脈栄養などの方法を併用することもあります。
リハビリを行う
嚥下リハビリには間接訓練と直接訓練があります。
間接訓練とは食べ物を用いず、食べるために必要な筋肉のストレッチや筋力トレーニング、呼吸や発声の訓練などを行います。
直接訓練は実際に食べながら行う訓練であり、摂食嚥下機能の状態によっては誤嚥のリスクを伴います。
そのため検査によって嚥下障害の状態を評価して適応を判断したうえで、誤嚥を防ぐための食事姿勢や食事形態の調整を行いながら、段階的に進めていきます。
手術を行う
嚥下障害の原因が、器官の構造的な問題によって機能が低下している場合には、器官の機能を補うための手術を行うことがあります。
機能低下のある器官の部位によって手術の方法や内容は異なりますが、重症の嚥下障害であり、嚥下リハビリの効果が得られなかった場合の適応となります。
手術後もすぐに摂食嚥下機能が回復するわけではなく、術後のリハビリが必要です。
また誤嚥を防ぐために気管と食道を完全に分離する手術が行われることがありますが、発声機能が失われ、摂食嚥下機能の回復が保証されるものではないため、手術の実施には十分な検査と検討が必要です。
『嚥下障害』のまとめ
嚥下障害は疾患の後遺症や薬の副作用などいろいろな原因がありますが、加齢による歯の欠損や食べるために必要な筋力の低下によって、誰にでも生じる可能性があります。
若い頃からの適切な口腔ケアによって口腔内の衛生状態を良好に保つことは、高齢になっても自分の歯で食べるためにとても重要でし、食べるために必要な口唇周辺の筋力は、自宅でも簡単な方法で維持することができます。
自分には関係のないことと思わず、早期から嚥下障害の予防に取り組みましょう。